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大阪地方裁判所 昭和42年(手ワ)341号 判決 1969年6月19日

原告 広瀬広太郎こと 清水一郎

右訴訟代理人弁護士 酒井信雄

被告 日魯漁業株式会社

右訴訟代理人弁護士 田辺恒貞

同 高氏佶

主文

原告の第一次的請求を棄却する。

予備的請求につき、被告は原告に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四二年一一月一二日から完済まで年五分の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第二項は原告において金一〇〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、第一次的に、「被告は原告に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四一年一一月一二日から完済まで年六分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、予備的に、主文第二及び第三項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、第一次的請求の原因として、

「(一)、訴外株式会社大和銀行片町支店との取引において、広瀬広太郎なる名称を使用している原告は、訴外株式会社日証金から、訴外五洋産業株式会社振出にかかる、金額を金三〇〇万円、満期を昭和四一年一一月一一日、支払地及び振出地を大阪市、支払場所を株式会社第一銀行堂島支店、振出日を同年六月一五日、受取人を被告とし、被告、訴外東洋冷凍食品株式会社の順次白地式裏書により裏書連続のある約束手形一通を交付の方法により譲渡を受けたので、これが取立を株式会社大和銀行に委任し、同銀行をして満期の翌日に支払場所で支払のため呈示させたところ支払を拒絶された。被告は本件手形を拒絶証書作成義務を免除して裏書したものであるから、原告は裏書人たる被告に対し、右手形金及びこれに対する満期の翌日から完済まで手形法所定年六分の利息金の支払を求める。<以下省略>。

理由

第一、先ず原告の第一次的請求について判断する。

<証拠>によれば、原告が訴外株式会社大和銀行片町支店との取引において、広瀬広太郎の名称を使用していること、原告が訴外株式会社日証金から本件手形の引渡を受けて、これを所持していることを認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠がない。

(二)本件手形が被告によって裏書された事実については、原告がその証拠として提出し、被告において名下の印影が被告のものであることを認めている甲第一号証中の被告名義の裏書部分は、<証拠>に対比して、これを真正に成立したと推定することができないから、裏書事実認定の資料とすることができず、また原告主張に副う<証拠>も、前掲証言に照らして、たやすく信を措くことができないところであり、他に被告裏書の事実を認めるに足る証拠がない。却って右各証言を考え合わせると、本件手形は、昭和四一年六月一五日頃、訴外五洋産業株式会社代表取締役であった木島金吾が、同訴外会社振出名義の約束手形を他で割引いて営業資金を得ようと考え、当時、同訴外会社に対する被告のこげつき債権の回収に当っていた被告大阪支社総務課長訴外中村明夫に対し、同訴外会社振出の約束手形に被告名義の裏書をされたい旨依頼し、右債権回収を円滑に達するためには右依頼を承諾した方がよいと考えた訴外中村において、被告大阪支社総務課長として保管していた同支社印、支社長印、及び当時すでに使用を廃止していた前支社長阿部寧夫(当時の支社長は関根宏)の記名印を使用して、本件手形に被告名義の裏書をしたうえ、これを木島金吾に交付したこと、その頃被告大阪支社では、小切手の振出は認められていたが、手形の振出又は裏書の権限は認められておらず、いわんやその総務課長に過ぎない訴外中村にこれをなす権限がなかったこと、従って右支社においては、支払のための手形を一切発行しておらず、売掛金の回収等のために手形を入手することがあっても、すべてこれを被告本社にそのまま送付することになっていたことを認めることができる。

そうすると、本件手形になされた被告名義の裏書は、当時被告大阪支社総務課長であった訴外中村が無権限でしたものというべきである。

(三)原告は仮りに右主張が認められないとしても、訴外中村は被告大阪支社の総務課長として庶務及び経理に関し一切の裁判外の行為をなす権限を有する商法四三条一項所定の使用人であるから、当然手形の振出又は裏書の権限を有しており、本件被告名義の裏書は、同人がその権限に基きなしたものであると主張し、同訴外人が前記支社の総務課長として庶務及び経理に関する事務を管掌していたことは前示のとおりであるけれども、支社長にかわり手形行為をすることにつき委任を受けていたことについては、これを認めるべき確証がない。却って、証人中村明夫、阿部寧夫、及び関根宏の証言を考え合わせると、訴外中村は昭和三九年一月から同四一年一月まで、同支社の総務課長として、庶務及び経理事務を担当していた間、同支社長から個別的に決済を受けたうえ、保管を委託されていた同支社印、支社長印等を使用して、同支社名義の小切手、その他の証書の作成事務等を管掌していたにすぎず、自から支社長を代理して法律行為をする権限の委任を受けていなかったことが認められ、従って同訴外人は商法四三条一項所定の使用人に該当するといえないから、原告の右主張もまた理由がない。

(四)次に原告主張の表見代理(民法一一〇条)の成否について考えるに、すでに(二)、(三)で認定したところから明らかなように、訴外中村には、被告名義の手形を振り出し又は裏書する権限は勿論、その他被告代表取締役ないし大阪支社長を代理するなんらの権限も有していなかったのであるから、同訴外人がこれを有することを前提とする原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(五)更に原告の表見代理(民法一一二条)及び表見代表取締役(商法二六二条)の行為に関する主張の当否について考えるに、これらの法条に基く原告の主張は、本件被告名義の裏書が、被告大阪支社前支社長阿部寧夫の意思に基きなされたことを前提とするものであるところ、すでに(二)で認定したところから明らかなように、右裏書が訴外中村によってなされ右阿部寧夫の全く関知しないところであるから、右主張はこの点において既にその前提を欠き失当といわねばならない。

(六)以上の次第であるから、被告が裏書人であることを前提として被告に対し、本件手形金及び利息金の支払を求める原告の第一次的請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当であるといわねばならない。

第二、次に原告の予備的請求について判断する。

(一)、(1)、およそ被用者の行為が民法七一五条にいう使用者の「事業ノ執行ニツキ」なされたというためには、それが被用者の職務の執行行為そのものには属しなくても、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと認められる場合をも包含するものと解すべきであるところ、すでに認定したように、訴外中村は被告大阪支社の総務課長として、庶務及び経理事務を担当し、同支社印、支社長印を常時保管し、支社長から個別的に決裁を受けたうえ、これを使用して同支社名義の小切手その他の証書を作成して他に交付し、また売掛金の回収等のために他から手形を受領して、これを被告本社に送付する等の職務に従事していたのであるが、偶々訴外木島金吾の依頼を受け、同訴外人が代表取締役をしている訴外五洋産業株式会社の金融を図るために、昭和四一年六月一五日頃、支社長の決裁を得ないで勝手に前記印章等を使用して、本件被告名義の裏書をしたものであるから、右裏書は訴外中村が被告の被用者として、被告の事業の執行につきなしたものと認むべきであることは、前説示するところにより明らかである。

被告は、原告は被告名義の裏書の直接の相手方ではないから、訴外中村の地位、職務内容、本件裏書の状況等につき、全く知り得る立場になかったのであり、従って、右裏書が被告会社の事業の執行につきなされたものとして保護されるに値いしない旨主張するが、右は被告の独自の見解というべきであって、主張自体当裁判所の採用しないところである。

そうすると訴外中村が無権限でした本件手形の裏書は、その後右事実につき善意で本件手形を取得した第三者に対する関係で不法行為を構成するものというべく、被告は同訴外人の使用者として、これにより右第三者が蒙った損害を賠償する義務を負うといわねばならない。

(2)ところで前掲甲第三号証に、原告本人尋問の結果を考え合わせると、原告が、昭和四一年六月一七日、日証金に対し、本件手形金額三〇〇万円から、右同日以降満期日である同年一一月一一日まで計一四八日間(被告主張の一四九日は計算上の誤りと認める。)の日歩四銭の割合による割引料金一七万七、六〇〇円を控除した残額二八二万二、四〇〇円を割引金として交付し、日証金から本件手形を取得したことを認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠がない。そして、原告本人尋問の結果と、これにより真正に成立したと認められる甲第一号証の原告裏書部分及び符箋部分によると、原告が取立受任銀行をして満期の翌日本件手形を支払場所に呈示させたところ、支払を拒絶されたことが認められ(右認定を動かすべき証拠がない。)、かつ、原告が被告に対し裏書人としての責任を問い得ないことは前示のとおりであるから、結局原告は、本件手形を割引きながら満期に支払拒絶を受けたことにより、現実に割引金として支出した金二八二万二、四〇〇円と、被告の裏書が真正になされたものであれば満期日に取得し得べき割引料と同額の利益金一七万七、六〇〇円合計金三〇〇万円及び前者に対する不法行為後にして、後者に対する損害発生の日(満期日)の翌日である昭和四一年一一月一二日から各完済まで、民法所定年五分の遅延損害金を支払う義務があるといわねばならない。

(二)そこで被告の抗弁事実について判断する。

(1)被告は、訴外中村の選任及び事実の監督につき、相当の注意をしたものであり、又は相当の注意を為すも損害が生ずべかりしときに該当すると主張するところ、証人阿部寧夫、関根宏及び木島金吾の証言によれば、訴外中村は昭和一八年に被告会社に入社以来、実直に勤務し、不祥事を起したことがなかったので、被告は同訴外人の人物、経験を検討したうえ、昭和三九年一月、同訴外人を被告大阪支社総務課長に任命したこと、同訴外人は同支社の事務所に早朝出社し、本件手形を含む多数の手形に被告名義の裏書をしたうえ、社外の喫茶店でこれを木島金吾に交付したことが認められるけれども、他面、被告大阪支社が訴外中村に同支社印及び支社長印の保管を委託していたこと、被告大阪支社においては、同支社長が本社の役員を兼任していて、その間支社に不在勝ちであったため同訴外人を含む支社員に対し十分な監督ができず、同訴外人が昭和四〇年から同四一年一〇月までの間に、額面総額一億三千万円以上の手形を無権限で反復して裏書していたことについても自ら気づいていなかったこと、被告において、昭和四一年六月二〇日頃に至り、訴外中村が被告名義の裏書を無権限でなしていることが被告に発覚した後も、同訴外人を総務課長の職務から免ずることなく、単に叱責したにすぎないことが認められるところであって、右事実を勘案すれば、被告は未だ訴外中村の業務執行に対する監督について、相当の注意をなしたものとは到底認められないし、また相当の注意を為すも損害を生ずべかりしときに該当するともいえないから右主張も理由がない。

(2)次に過失相殺の主張について判断する。

被告は、原告には、被告のような一流の株式市場上場会社の裏書のある手形が何故市中銀行でもない高利のいわゆる街の金融業者の手に渡ったのか調査すべき義務があるところ、この義務を尽くさなかった原告の本件手形取得に重大な過失があると主張するが、前掲甲第三号証及び原告本人尋問の結果を考え合わせると日証金の社員大沢伸介は、本件手形を木島金吾から取得する際、訴外中村に対し、本件手形の被告名義の裏書の印影の真否を質したところ、同訴外人からそれが真正である旨の回答を得たので、当時日証金に勤務していた原告に対し、保証書を添付のうえ、本件手形を譲渡したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠がない。右事実と本件手形が被告大阪支社から訴外東洋冷凍食品株式会社を経て、日証金に裏書譲渡されている事実を勘案すれば、原告には未だ被告が主張するような重大な過失があったとはいえないから右主張も理由がない。

なお、被告は、原告が本件手形を日証金から取得する際、被告大阪支社名義の裏書について、その印影が名義人の真意に基いて押捺されたか否かを確かめ、また、本件手形は振出人訴外五洋産業株式会社が日証金から割引を受けるのに、何故最終の被裏書人が訴外東洋冷凍食品株式会社になっているのか等につき、詳細な調査をなす義務があるのに、原告がこの義務を尽くさなかった旨主張するが、右は被告独自の見解というべきであって、いずれも主張自体理由がない。

第三、よって、被告に対し前示各損害金の支払を求める原告の予備的請求を正当として認容し、第一次的請求を棄却する。<以下省略>。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 内園盛久 裁判官工藤雅史は転任につき、署名押印することができない。)

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